高田卑弥呼の敗北と甘織れな子の失敗が意味すること(『わたなれ』第5巻を読む その3)
- 公開日
- 公開:
約12,976文字(読了目安 22 分)
シリーズ: 『わたなれ』を読む
- 1. 『わたなれ』で反復される「赦し」について
- 2. 『わたなれ』が批判する「普通」について
- 3. 『わたなれ』第5巻を読む その1
- 4. 拡張された恋愛について(『わたなれ』第5巻を読む その2)
- 5. 高田卑弥呼の敗北と甘織れな子の失敗が意味すること(『わたなれ』第5巻を読む その3)
前置き
これは『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』第5巻の理解のため、本文をどのように読むことが可能かを整理した記事になります。対象は第5巻ですが、その理解のため、第1巻〜第8巻およびSS集、短編集の内容も参照します。また、過去の私のわたなれ記事の解釈を前提にしています。一つ目の記事はアニメ版の読解であり、原作に言及した記事ではありませんが、第1巻終盤の一部を除けば原作も同様の構造となっておりますので、原作の読解を目指した本記事でも記事中の解釈を基本的に採用します。なお、一つ目の記事の解釈が原作で成立しない箇所とその解釈は一つ目の記事の脚注に記載しています。
出典は紙版になります。また、引用する書中のダーシ(「—」)はU+2014(EM DASH)に統一します。本書の電子版ではダーシにU+2015(HORIZONTAL BAR)を使用していますが、これは組版の都合によるものと思われます。この記事では、Webで表示する際により正常とされるU+2014を使用します。もし記事中の引用文をそのまま電子書籍の検索に使用する際は、ダーシを含めた場合に検索が失敗しますので、その点ご承知おきください。
以下、頁数のみを記す引用は、みかみてれん『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)5』(集英社〈ダッシュエックス文庫〉、2023年)を出典とします。他からの引用はその都度巻数又は書名を記します。
今回は、本巻のメインイベントである球技大会のストーリーが進行する、「プロローグ」の後半、および「第二章」から「第四章」を読んでいきます。
高田卑弥呼の立場
「プロローグ」三つ目のシーンでは、甘織れな子たちを一方的にライバル視する高田卑弥呼と、彼女が率いる女子グループ「5déesse」、第2シーズンを通して暗躍する照沢耀子が登場します。照沢耀子については(おそらく)次回扱います。
高田卑弥呼は王塚真唯たち「クインテット」に対して球技大会での勝負を要求します。
「え、球技大会でどっちが勝つかで決めよう、ってこと……?」
「ええ。これなら正々堂々、後腐れもなく、なによりも全学年に誰が勝者なのかを知らしめることができますでしょう?」
[……]
高田さんは真剣な面持ちで、真唯を見返している。
「王塚真唯さん。ではこの戦いを受けていただける、と?」
「私個人なら、いくらでも相手になってあげるのだけどね」
真唯が苦笑いする。その横に、さらにふたり。
「私は嫌よ。面倒だもの」
「そう言うと思ったよ、紗月」
「私は、どっちが上とか下とか、決める必要ないと思うなあ」
「なるほど、ありがとう、紫陽花」
高田卑弥呼は、「全学年に誰が勝者なのかを知らしめる」ことを目的に勝負を持ちかけます。すなわち、クインテットよりも5déesseの方が立場が上なのだと当事者以外に誇示したいということ、自身や特定の友人たちよりも不特定の他者の評価を重要視しているということです。これは、「普通」になりたかったかつての甘織れな子の在り方と、他者評価で自己を確立しようとした点が類似しています。
王塚真唯は高田卑弥呼の体面を慮る余裕を見せつつも、自身は勝負を望んでいないことを表明します。琴紗月と瀬名紫陽花も、王塚真唯と同様に高田卑弥呼の考え方を重要視しないことを表明します。これは、第4巻でクインテット全員が到達した、「『普通』じゃない」(=他者評価を重要視しない)在り方を改めて示しています。
両者のやり取りから、このシーンは、他者評価に拘る高田卑弥呼が、他者評価の世界から脱した王塚真唯たちに勝負を挑む構図であることが確認できました。
基準となる甘織れな子の在り方
「第二章」は、これから先の物語を読む上での基準となる甘織れな子の在り方の説明から始まります。
学校帰り、スポーツ用品店でバスケットボールを買った。
[……]
大きくてゴツいバスケットボールが格好良くて、わたしはひとりで遊んでいたかったんだけど、でもボールの数が少なかったから、独り遊びはだめだよって言われて、ムリヤリにバスケをする集団に入れられてしまって。
[……]
帰り道。自分だけのバスケットボールを撫でながら、ふと思う。
こうして、ボールを買えば、いくらでもひとりで遊べたんだよね。
わたしはぜんぜんその考えに思い至らなかった。だってバスケットボールは学校のもので、学校でやるのが当たり前のことだと思っていたから。
[……]
明日は帰ってきたら、近所の公園にボールを持っていこう。自分だけのバスケットボールが嬉しくもあり、少しだけ気恥ずかしくもあった。
甘織れな子は、球技大会の練習のため、バスケットボールを購入し、公園で練習することにします。そのことを説明する、いかにもジュブナイル的な、十代で経験する小さな発見の喜びを語る地の文は、同時に球技大会に対する甘織れな子のスタンスを語ります。
この時点の甘織れな子は「自分だけのバスケットボール」で遊ぶという、小学生時代に満たされなかった欲を満たすことに喜びを感じています。甘織れな子が二人の告白に答えた時と同じ(「わたしが、願って、望んで、ふたりの手を取りたい」第4巻p. 384)、個人的な欲望の話として捉えています。これは第4巻でたどり着いた発想を現在も継続していることを説明しています。
バスケットボールを購入し公園で練習することは「当たり前」からの逸脱を象徴しており、「第三章」で5déesseが体育館でバスケの練習をしていることと対照をなします。
この甘織れな子のバスケへの向き合い方は物語のなかで変化します。そのきっかけは、高田卑弥呼の勝負を受け入れたことにあります。
情念への屈服
連日、高田卑弥呼は甘織れな子たちを挑発し、勝負へ誘います。甘織れな子たちは応じることなくいなしていましたが、第二章後半に転機が訪れます。
高田さんの手が、机の上のなにかを床に落とした。
がちゃんと地面を叩くのは——。紫陽花さんのペンケースだった。
「あ」
しかもそれを、高田さんは思いっきり踏んでしまった。
——ばきっと音がする。
「す、すみま——」
反射的になにかを言おうとしたその高田さんの声よりも早く、わたしが叫ぶ。
「——紫陽花さんのペンケース!」
真唯が高田さんに詰め寄る。
「君は、なんてことをするんだ!」
「えっ、えっ、いや、その」
焦った高田さんが、しょんぼりした紫陽花さんを見下ろして、そして。
そして…………。
——口元に手を当てて、高笑いをした!
「ほーっほっほっほ! そんな粗末なものが、ペンケース!? 机の上のゴミかと思いましたわ! 気づかず踏んでしまったのも仕方ありませんわね! だってゴミなんですもの!」
静まり返った教室に、高田さんの哄笑が響き渡る。
高田卑弥呼は瀬名紫陽花のペンケースを踏みつけますが、これは彼女にとって意図しないものでした。高田卑弥呼は謝ろうとしますが(「す、すみま——」)、甘織れな子の感情に任せた声にかき消され、高田卑弥呼の声は誰にも届きません。王塚真唯も加勢し、場の空気が怒りに支配された後、謝罪の機会を逸して後に引けなくなった高田卑弥呼は、面目を保つため、この行為に挑発の意図があったのだという解釈を周囲に示します。
A組の心は、ひとつになった。
その強い意志に背中を押されるように。
[……]
「わかったよ! その勝負、引き受けてやるから! バスケットボールでどっちが上か、はっきりさせようじゃん! もしわたしたちが勝ったら、みんなで紫陽花さんにめちゃくちゃ謝ってもらうからね!」
ぐっ、と一瞬鼻白んだ顔をする高田さん。
「え、ええ! いいでしょう! こちらこそ、願ってもない申し出ですわ!」
[……]
…………。
徐々に怒りの熱が薄れて、我に返ったわたしは……。
[……]
まんまと挑発に乗って、とんでもないことを言ってしまった!ただ、クラスは間違いなく一致団結した。
男子も女子も関係なく誰もが、悲しむ紫陽花さんを見て、B組への憎しみを燃やした。
——こうして、ただの学校イベントの球技大会は、ぜったいに負けられない戦いへと変わったのであった。
甘織れな子は、「怒り」に任せて勝負を引き受けます。そして、謝罪と敗北を結びつけます(「もしわたしたちが勝ったら、みんなで紫陽花さんにめちゃくちゃ謝ってもらう」)。これにより、王塚真唯に勝利することを目指している高田卑弥呼は謝罪の機会を失い、高飛車に振る舞い続けることを強いられます。これは「プロローグ」で甘織れな子が琴紗月に対して行った悪事と同様に、他者の自由を奪う行為です。
甘織れな子にとって、それは望まない行為だったことが直ちに表現されます(「とんでもないことを言ってしまった」)。高田卑弥呼にとっても、このようなやり方は望んでいなかったこと、しかしながらA組と仲間の勢いに押されて正当化せざるを得ないことが、引用したシーンと5déesseのグループチャットで語られます(pp. 236–237)。
傍点で強調される「強い意志」とは、A組全体に生じた「B組への憎しみ」、情念です。この情念の持つ力により、高田卑弥呼と甘織れな子は望まない形で勝負をすることが決まります。
第4巻や第5巻「プロローグ」で確認してきた、言語表現に従い感情的な常識や「普通」の在り方を解体する知的態度が、ここではまるで機能していません。高田卑弥呼の挑発に乗った時、甘織れな子は「普通」の在り方が持つ力に流され、判断を誤っています。
こうして、甘織れな子と高田卑弥呼は、互いに情念に従い勝負することになります。しかしながら、両者ともそれを望んでいないこと、自身が思わず表現した情念が周囲を動かし、形成された周囲の情念に押されて止められなかったことが語られます。両陣営の名誉を賭けた勝負は、それを望む当事者がいないまま成立します。
ここまで、甘織れな子と高田卑弥呼が同じ状況に追い込まれていることを確認しました。第三章以降は、彼女たちの行動の差異を比較し、何が勝敗を分けたのかを読んでいきます。
甘織れな子の失敗
第三章で、甘織れな子は二人の恋人と約束をします。勝負に勝ったら、瀬名紫陽花とキスを交わし、王塚真唯に好意を言葉で伝える、というものです。これらは、怒りの熱が薄れた甘織れな子が「がんばる」理由になります。
——ぜんぶ、わたしのがんばりが足りないからだ。
[……]
やっぱり、球技大会で勝たなきゃいけないんだ。
言葉じゃなくて行動で見せなきゃ、気持ちは伝わらない。紫陽花さんのために、わたしはこれだけがんばったんだよ、って結果で見せなきゃいけない。たった一回でぜんぶわかってもらうことなんてできないから、一個一個をしっかりと積み重ねて。
これは、その第一歩なんだ。
紫陽花さんとキスをして、その後、ちゃんと真唯に好きを伝えて。
だから勝たなきゃ。勝たなきゃだめなんだ!
ここで、甘織れな子はバスケ練習の意味を他者に見出しています。つまり、自分のためではなく、他者のためにバスケに取り組んでおり、第二章冒頭から行動基準が変わっています。
また、自身の「がんばりが足りない」ことを問題視しており、勝利のためにさらに努力を重ねます。その内容は、チームメンバーで放課後練習し、教本を読み、妹に協力を仰ぎ、バスケ部の男子からアドバイスを受けるというものです。ここまで、甘織れな子は勝利のために合理的な手段を選んでいるように見えます。
しかしながら、ここで不穏な表現が確認できます。「言葉じゃなくて行動で見せなきゃ、気持ちは伝わらない」という部分です。ここから甘織れな子は行動に焦点をあてるようになり、言語表現が不徹底になります。
球技大会が近づくごとに、わたしの行動原理は純度を増していった。
元バスケ部として下手なのがバレないようにだとか。クラスのポジションを守るためだとか。あるいは、紗月さんのように高田さんを懲らしめたいっていうのも、なんだか違って。
[……]
応援してくれるA組のみんなの気持ちを、大切にしたいから。
[……]
なにがなんでも、勝ちたいんだ。グループに貢献できるように。わたしだって、クインテットの一員なんだから。
わたしは練習に、打ち込んだ。
甘織れな子は練習の日々の中で、私欲を捨て、協力してくれる仲間たちのためにバスケに励みます(みんなの気持ちを、大切にしたい)。これらは他の物語であれば肯定的に扱われることが容易に想像できる内容です。
しかしながら、本作は甘織れな子のこの行動を否定します。
甘織れな子は、雨の日も休まずに公園で練習した結果、風邪を引きます。球技大会まであと数日、風邪が長引けば参加も危ぶまれる状況です。これは、単に頑張りすぎた、あるいは雨の中で練習するという誤った努力の結果だ、というだけではない意味を含んでいると解釈できます。
注目すべき点は、「球技大会が近づくごとに」〜「打ち込んだ。」までの文章に、王塚真唯と瀬名紫陽花、「恋人」、「約束」といった元々の練習の動機を説明できる語が(省略部分含めて)存在せず、代わりに、「A組」や「クインテット」といった集団を意味する語を動機と関係づけていることです。
甘織れな子は私欲や怒りや憎しみといった情念を意思決定に使っていないつもりでいます。しかしながら、A組と、クインテットの一員である琴紗月は怒りや憎しみに従い行動しています。そして、甘織れな子は彼らを尊重し、共に行動しています。すなわち、甘織れな子の内心とは関係なく、この時の甘織れな子は(A組と琴紗月の)情念に従って行動している、と扱われます。これは、甘織れな子がこれまで否定してきた「普通」や「当たり前」の側に(無意識の内に)いることを意味します。
この時の甘織れな子が見ているのはA組やクインテットであって、個人ではありません。特に、恋人である王塚真唯と瀬名紫陽花のことを見ていません。本来の「がんばる」動機(「約束」=言語表現による行動の支配)を見失い、情念に支配された集団の、「普通」や「当たり前」の発想を採用し行動している、という状態に陥っています。これが第5巻における甘織れな子の失敗です。
甘織れな子を回復させた出来事
風邪で寝込む中、甘織れな子は中学時代の嫌な出来事を思い出し、自己嫌悪に陥ります(pp. 332–334)。自身の行動は間違っていたのではないか、いつか三人で交際すると決断したことを後悔する日が来るのではないか、という不安に苛まれます。
そんな甘織れな子の下へ、恋人たちがお見舞いに来ます。この時の会話で、甘織れな子は本来の動機を取り戻すきっかけを与えられます。
強烈な自己嫌悪に突き動かされて、思わず身を起こす。
紫陽花さんはベッド脇に膝立ちして、わたしを透明な瞳で見つめている。
そうして、ここではないどこかに連れ出すような声で、言った。
「ね。もしれなちゃんが明日までに治らなかったら、私も一緒に学校休もうっかな」
この台詞は、第3巻において甘織れな子が瀬名紫陽花の家出について行った時のやり取りを、立場を反転させて反復していることが瀬名紫陽花によって説明されます(p. 341)。王塚真唯は、甘織れな子の代役としてバスケの試合に出場する未来を提示します(p. 342)。二人の恋人は、甘織れな子の自罰的な発想(「自己嫌悪」)を言語表現で解体します。二人の言葉を受けて、甘織れな子の「自己嫌悪」は「洗い流」され、二人の行為は成功したことが語られます。
こんなにも言ってもらえて、それでもまだ拗ねて自分を見限るなんて、できるわけなくて。
自己嫌悪をも洗い流すように、また涙を流した。
甘織れな子の風邪は球技大会当日に治ります。その理由は「真唯と紫陽花さんの言葉に安心した」ためと語られます(p. 355)。こうして、甘織れな子は集団の情念から解放され、言語表現に従う立場に回帰し始めます。かつて王塚真唯が甘織れな子に与えた美徳が第4巻で王塚真唯を救い出したように、第1シーズンで甘織れな子が行った赦しが、恋人たちによって反復され、甘織れな子を救い出したのです。
勝敗の要因
A組について
試合の直前、甘織れな子は高田卑弥呼を除く5déesseメンバー(羽賀鈴蘭、亀崎千鶴、根本ミキ)に、試合でわざと負けるよう懇願されます。甘織れな子はこれに対して、対話を拒否し逃避します(pp. 373–384)。
真唯だけじゃない。紗月さんだって、紫陽花さんだって、香穂ちゃんだって、今も誰かに影響を与え続けている。
そして、あるいはそれは——。
高田さんが紫陽花さんのペンケースを落っことして、わたしが血気に逸って宣戦布告をしたそのときから——わたしもそんな存在に、片足を突っ込んでしまったのかもしれない。
そう思って、怖くなった。
[……]
陽キャであるというのは、特権ではなく、責任なんだ。
だけどわたしは、そんなに多くの人とは関われない。
甘織れな子は、自身の言動が他者に影響を与えることを自覚し、影響を与える人には「責任」があるのだと理解します。自身の言動にも責任が生じることを知り、甘織れな子は恐怖します。この恐怖により甘織れな子は逃避します。甘織れな子の逃避は、他者に影響されて自分を見失わないためであると同時に、他者に影響を与える責任を受容できないということを意味します。
羽賀鈴蘭たちの懇願により、甘織れな子は試合中「相手側の事情」(p. 402)を切り捨てることの当否に逡巡し、試合に集中できません。試合はA組がやや劣勢のまま進みます。これは、まだ甘織れな子の決心がついていないことの象徴として解釈できます。
試合後半、琴紗月は負傷し(p. 405)、王塚真唯と交代します(pp. 409–410)。
琴紗月は瀬名紫陽花を侮辱した高田卑弥呼に対しての憎しみに駆られて行動していました(p. 320)。一方で、王塚真唯は違います。
真唯もまた、瞳に怜悧な色を宿して、口元をつり上げる。
[……]
「勝利を得る者は、正道を征く者だ。たゆまぬ努力となによりも真摯な態度で臨むべきだったんだよ。君のようなやり方では、私にも、私の友人にも敵うはずがない。それを教えてあげようじゃないか」
王塚真唯の瞳が「怜悧な色」(p. 369)と形容される描写は、琴紗月の「目が据わっていること」(p. 320)との対比として読むべきでしょう。琴紗月とは違い、情念に囚われず知性的な態度であることを肯定的に描いているのです。「真摯な態度」というのも、情念に囚われた高田卑弥呼を批判する意図のある表現ですが、同時にこの表現は情念に囚われた琴紗月のことも批判します。
退場の際、琴紗月は甘織れな子にある言葉を託します。
「選ぶというのは、それ以外を選ばないということ。しっかりと、胸に焼きつけなさい」
琴紗月の言葉は、その直前に王塚真唯に対して話した「あの子のために勝ちなさい」(p. 410)という言葉と同じ意図を持っているものと思われます。すなわち、敵に同情せずに瀬名紫陽花の名誉のために、「憎しみ」をもって戦う(他者を敵として扱い否定する)よう諭しているのだと思われます。甘織れな子はこの言葉を受けて、瀬名紫陽花と王塚真唯との「約束」のために戦うことを決心します。これは、甘織れな子が琴紗月の意図とは異なる解釈をしたと読むことができます。
これまで、甘織れな子たちを言語表現に従う人たちと説明してきましたが、これは言葉にすれば何でもできるということではありません。人間には肉体的な制約があり、できることは限られます。甘織れな子は、自身の肉体で実行可能な水準まで大切にする対象を絞り込み、集団に同調することをやめて、大切な恋人たちのために行動することを選びます。
優柔不断で、中途半端で、なにをやってもうまくできないわたしだけど。
それでも、紗月さんの言うとおり、選んだんだ。
これがわたしの大切なものなんだ、って、そう決めたから。
だったら、もう。
優先順位を間違えない。
「真唯!」
その言葉に、周りのみんながびっくりしていた。
わたしは学校では真唯のことを、ずっと王塚さんって呼んでいたから。
でも、真唯だけは微笑んでわたしを見返す。
「ああ」
わたし、ようやく目が覚めた。
大切な女の子のために。大切な女の子と一緒に。
「勝とうね! この試合!」
こうして、甘織れな子は他者の情念に囚われない立場を確立します。また、琴紗月と王塚真唯が交代したことも併せて、A組チームから情念に支配された人物が消え、「理想」を掲げ言語表現に従う陣営としてA組チームが再構成されます。その結果、A組と高田卑弥呼の思想的立場に対立関係が現れます。
甘織れな子がクラスメイトの前で王塚真唯のことを「真唯」と呼んだことは、「みんな」の評価を意に介さなくなったことを説明しており、第4巻においてステージ上で王塚真唯と瀬名紫陽花に交際を提案したことと同じ演出意図があるのだと思われます。
しかしながら、第4巻とは異なり、ここでは不特定多数の他者の反応が語られます(「周りのみんながびっくりしていた」)。これは、甘織れな子の決断が、大切に想う相手以外にどのように作用するかを、第2シーズンから語ることの宣言として読むべきだと思われます。甘織れな子の決断の本質は第4巻と第5巻で同じなのですが、他者にどのように作用するかを語ることで、第1シーズンとは異なる物語を展開することが期待されます。
B組について
高田卑弥呼の勝負の動機について確認します。
高田卑弥呼はかつてモデルの仕事をしていました。しかしながら、同年代のライバルである王塚真唯に幾度となく仕事を奪われ、廃業した過去を持ちます(pp. 378–379)。これが原因で、高田卑弥呼は王塚真唯に恨みを抱いています。これが勝負の動機になります。
5déesseの他のメンバーはその事情を知り、仲間である高田卑弥呼の尊厳のためにどうにか勝たせたいと策を講じた結果、甘織れな子にわざと負けるよう依頼したのでした。しかし、この依頼は高田卑弥呼に断りを入れずに決断されます。
姫百合:その、明日は、がんばろうね!
鶴ちゃん:そ、そうね! 卑弥呼のために!
miki:お、おー! 勝つぞー!
姫百合:うん! どんな、手を使ってでも。
これは高田卑弥呼を除いた5déesseのチャットグループ(「裏5déesseの間」)でのやり取りです。根本ミキ(miki)の「勝つぞー!」というメッセージは、高田卑弥呼に届いていません。これは先ほど引用した甘織れな子と王塚真唯のやり取りと対照をなします(「勝とうね! この試合!」)。高田卑弥呼とその仲間たちは、言葉のやり取りを十分に行わないまま、それぞれが互いを見ずに行動しています。
5déesseの他のメンバーは甘織れな子にわざと負けるよう依頼しますが、これに高田卑弥呼は関与していません。高田卑弥呼はあくまでも「正々堂々、後腐れもなく」(p. 40)王塚真唯に勝利したかったのですが、その意思は仲間たちに伝わっていません。
高田卑弥呼は憎んでいる王塚真唯だけを見つめ、不特定多数の集団からの評価に固執し、自身を大切に想ってくれている仲間たちを気にかけていません。「いつだって素直に物事の本質を見抜こうとする」(第2巻p. 224)王塚真唯はそのことに気付き、高田卑弥呼を動揺させボールをスティールするために(同時に善意を込めて)そのことを話します。
36対37。残り時間は、もう幾ばくもない。
できてあと1プレー。
ボールが高田さんに渡った。正面に見据えるのは再び——真唯。
「どうしてあなたばかり、なにもかも……!」
「……」
「持つ者は、すべてを手に入れるというのですか? そんなのが、この世の中なんですか……! あなたみたいな人に、私の気持ちはわかるはずがありません!」
「確かに私は、恵まれている人間だ」
「だからこそ、私はあなたに勝たなければ! 勝たなければ、私にはなにも——」
「だけどね」
真唯がすっと目を細めて、ささやく。
「振り返ってごらん。君だって、誰にも負けない素晴らしいものを、もっているじゃないか」
私はそれを、れな子に教えてもらったんだ——。
真唯の声なき声が、わたしに届いた気がした。
高田さんのボールをスティールして、真唯が走り出す。
「——!」
驚きに目を見張って、振り返る高田さん。
そこには。
「今度こそ、ぜったい止めるから!」
B組の、高田さんの、大切な仲間たちがいる。
王塚真唯の狙い通り、高田卑弥呼は動揺したのか、ボールを奪われます。その直後に振り返ったことで、高田卑弥呼は「大切な仲間たち」を目に留めます。これは、高田卑弥呼が、情念に縛られず、集団の評価に固執することなく、大切に思う人たちのために行動する、甘織れな子と同じ在り方を見出したことを意味します。しかしながら、試合の残り時間は少なく、ボールはA組の手に渡っています。情念の世界、「普通」の世界から脱却しつつあるものの、それが遅かったことが、高田卑弥呼の敗因になります。
勝負のあとで
バスケの試合は、甘織れな子のシュートが決定打となり、A組が勝利します。
シュートの体勢に入る。練習したワンハンドシュート。
呼吸が苦しい。
みんながみんな、幸せを願っている。
自分の幸せじゃなくて、誰かの、大切な人の幸せを。
全力なんだ。
「お願い、外して!」
だけど、わたしだって。
「入るな!」
どっちが正しいとか、間違っているとかじゃなくて。
「外れろー!」
大切な人を、幸せにしたい。
だって、決めたんだから。
がんばるって、わたしが、決めたんだから。「——れなちゃん! 決めてー!」
体が軽い。
わたしが放ったボールは。
雨上がりの虹のような軌跡を描いて、ゴールに入った。
引用箇所の地の文より、甘織れな子の「がんばる」理由の対象が、「A組」や「クインテット」から、「大切な人」に戻ったことが確認できました。また、甘織れな子は高田卑弥呼の仲間たちの声を聞いた上で受け入れず、瀬名紫陽花の応援を受け止めます(「体が軽い」)。この決断は、シュートの軌跡を「雨上がりの虹」に形容し美的に優れたものとして説明したことと、シュートが決まったことにより、肯定的に表現されます。作中、雨は甘織れな子が判断を誤った(「わたしの行動原理は純度を増していった」)時に降っていました。「雨上がりの虹」という比喩表現は甘織れな子の問題が解決したことの象徴と読むことができます。「体が軽い」ことは、判断を誤った結果として風邪をひいた時の体調との対比としても読むことができます(「急に全身にかかる重力が増したような気がした」p. 325)。
高田さんはその場に崩れ落ちていて、周りをチームメイトたちが囲んでいた。
……わたしには胸を痛めるような資格は、ないんだろうな。
試合後、甘織れな子は、自身の決断の結果、高田卑弥呼を傷つけたという事実を見つめます。「胸を痛めるような資格」について考えていることから、この時の甘織れな子は胸を痛めていることが分かります。また、「資格」という語彙からは、高田卑弥呼の状況が自身に原因があり、自身の行為が悪と判断されるに足るものであると認識していることが分かります。つまり、甘織れな子は罪悪感に苛まれています。これは、かつて甘織れな子が説いた、大切な人との間で傷つけあうことを許容するという「理想」(第1巻p. 241)とは異なり、「優先順位」が低い(相対的に大切でない)と判断した相手を傷つけた事実を受容した結果になります。甘織れな子は、肉体的制約上避けがたい選択が人を傷つけ得ることを受容すること、言い換えると自身の言動による世界(他者)に対する影響、因果関係を認めるという意味での責任を突きつけられています。
甘織れな子は自身の決断と行動によって傷ついた高田卑弥呼から、目を逸らさず、その場から逃げることもしません。これは試合前に羽賀鈴蘭たちから逃げたこととの対比で、突きつけられた責任を受容したことを意味します。
ペンケースの件についての謝罪は5déesse全員が行います(p. 433)。ペンケースの件は、高田卑弥呼一人がA組の教室に乗り込んだ時に起きた事故でした。しかしながら、クインテットメンバーの持ち物を破壊して挑発するという行為は勝負を承諾させるために第5巻冒頭で根本ミキが提案しており(p. 49)、この事故を高田卑弥呼が作戦として転用することを思いつく状況を作り出していました。事故発生後は5déesse全員で高田卑弥呼が大胆な作戦を成し遂げたと解釈し、盛んに褒めて高田卑弥呼の発言の機会を奪います(pp. 236–237)。高田卑弥呼の起こした事故から事態を大きく悪化させたのは、(A組も含む)集団の情念の暴走でした。ペンケースの件を5déesseとして謝罪したことは、高田卑弥呼一人に責任を負わせるべきではないと(5déesseが、あるいは物語として)判断したためと思われます。
瀬名紫陽花との約束を履行するため屋上へ向かう甘織れな子の前に、高田卑弥呼たち5déesseが現れます。
高田卑弥呼は仲間と会話を交わして仲間が迷惑をかけたことを知り(p. 433)、そのことを謝罪しに甘織れな子に会いにきたのでした。ここで、甘織れな子にわざと負けるよう懇願したのは仲間であるにもかかわらず、当事者ではない高田卑弥呼が率先して謝罪します。これは、高田卑弥呼の弱った様子(「参ってた」p. 360)を見て仲間が発起したことに、高田卑弥呼が因果関係を見出し責任を感じたためだと思われます。
続いて、高田卑弥呼は自身の内心に向き合い、感情を整理し恨みを解体します(pp. 436–437)。これらは、王塚真唯と甘織れな子の言葉が助けになり行われます。
高田卑弥呼は甘織れな子を巻き込んで仲間との思い出話を始めます。これは彼女なりの誠意なのでしょう。しかしながら、甘織れな子は瀬名紫陽花との約束があるため、思い出話に花を咲かせる高田卑弥呼を放り出し、瀬名紫陽花の下へ走ります。ここでも、甘織れな子の「優先順位」のために他者を拒否することが改めて語られます。
甘織れな子と5déesseは、今回の一件を通して責任を自覚します。これが「プロローグ」で提示された第2シーズンの問いに対する第5巻の到達点です。
まとめ
第5巻は、メインイベントであるバスケ勝負の結果から、情念ではなく言葉に従い行動する知的態度が勝利する物語だと読むことができます。
高田卑弥呼が敗北したことと、甘織れな子の失敗は、共に情念に行動が支配されたために起こったのだと語られます。高田卑弥呼は個人的な恨みと他者評価に行動が支配されたために敗北します。甘織れな子はA組(集団)を尊重しその情念に支配されたために行動を誤り体調を崩します。二人の勝敗を分けたのは、甘織れな子が恋人たち(個人)の助けにより先んじて、情念から言葉へ、従属する対象を変えたことにあります。遅れて高田卑弥呼も同じ境地にたどり着き、5déesseを構成する仲間と言葉を交わします。
第5巻の甘織れな子の決断(「大切な人を、幸せにしたい」)は、第4巻の決断の延長にあります。第4巻における決断は大切に想う人だけを見つめて行われました。第5巻では、甘織れな子が視野を広げたことで、自身の言動が他者に作用すること、他者を傷つけ得ることが明らかになります(「わたしもそんな存在に、片足を突っ込んでしまったのかもしれない」)。この因果関係を認めること、すなわち責任を自覚することが第5巻の到達点になります。

