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『魔法少女ノ魔女裁判』(略称「まのさば」)終盤のシナリオ構造についてのいくつかの簡易的整理
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『魔法少女ノ魔女裁判』(略称「まのさば」)終盤のシナリオ構造についてのいくつかの簡易的整理

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『魔法少女ノ魔女裁判』(略称「まのさば」)は何を肯定したのか
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レビューの前に(ネタバレなし)

タイトルに簡易的とわざわざ書いた理由の説明から始めます。この記事はストーリーについて、終盤を除いて、数日前にプレイした記憶をたどり、配信者の実況で本編の一部を確認しながら書いています。つまりレビューにあたっての参照先が不十分な環境で作業を進めています。なぜそのようなことをしているかというと、私がADVに不慣れでオートセーブがあるからと手動セーブを横着したままゲームを進めてしまい、クリア後にオートセーブの厳しい回数制限により直近の状態までしか戻ることができないことに気付いたためです。現在、オートセーブが残っている終盤以外を見返すことが現実的でなくなり、記事を書かなくとも見返したいシーンはいくつかあるので、さてこれからどうしようかとうなだれながらこれを書いています。

今後本編の任意の箇所を参照できる状態を整えてから改めてレビューを書く可能性もありますが、その場合は事前にゲームをもう一周しつつ、ちゃんと手動セーブして、キャプチャを適宜取り、可能であればテキストに書き起こしてから取り組むことになります。謎解き要素に悩むことはないにしても、シナリオが長いためこの作業に20時間はかかるでしょうか。それはいくらなんでも辛いので、本作については是非ともシナリオ集を販売して欲しいところです。

記事にゲーム画面のキャプチャを使用しますが、これらは配信・二次創作ガイドライン(2026年8月12日時点)に従い使用しています。

ただし、実況・レビュー・感想・考察等に必要な範囲で、ゲーム画面のスクリーンショットや録画映像を使用することは問題ありません。

「魔法少女ノ魔女裁判」配信・二次創作ガイドライン | 公式(最終更新日:2026年8月12日)

以下、出典を記載しない引用は『魔法少女ノ魔女裁判』が出典となります。

以降の文章は目次に使われる見出し含めて「ネタバレあり」になります。

目次

構図の反転が生む快楽とその意味

『まのさば』の基本的な枠組みを確認します。

本作は、13人の魔女候補たちが孤島に閉じ込められ、島内で発生する殺人事件の犯人を魔女裁判で突き止める、ミステリーADVです。

作中に登場する魔女候補たちは将来魔女になることが運命付けられており、心身の苦痛がきっかけで魔女になる危うい存在です。魔女とは異形の者であり、不老不死であり、思考が凶暴化し、その成れの果てでは自我をほとんど失います。魔女候補たちは魔女になることを望みません。魔女候補たちを魔女に変えたい運営側は、魔女候補たちを精神に負荷がかかる環境に幽閉し、殺人事件を誘発し、魔女裁判の刑罰によって魔女候補たちのトラウマを刺激し、魔女に変えてゆきます。魔女化は人としての死であり、裁判は真実が人を傷つけ死に至らしめることの象徴であり、それらを見つめる魔女候補たちに真実が人に死をもたらす絶望的なものであることを認識させます。主人公である桜羽エマの、感情を廃した実証により真実を求める態度は、実態としては参加者の感情的な納得を得れば良い魔女裁判において、周りに理解されることはありません。それらは悲劇として演出されます。

この基本的な構図は、第2章第5話で反転します。

(二階堂ヒロ)
我々は全員が生きたまま
魔女にならなくてはならない。
そうでなくては、
生き残れない。

ゲーム『魔法少女ノ魔女裁判』のキャプチャー。魔女化した二階堂ヒロと台詞。台詞内容は、「我々は全員が生きたまま魔女にならなくてはならない。そうでなくては、生き残れない。」。

第二の主人公である二階堂ヒロは、多くの真実を知った後、まだ誰も死んでいない物語初日まで魔法で時間を遡り、諸悪の根源である大魔女を裁くための魔女裁判を開廷します。裁判の中で、魔女候補たちのトラウマを刺激して魔女に変え、すでに魔女と化した自身と合わせた13人の魔女の力で大魔女を召喚するサバトの儀式を行います。この裁判の中で、魔女候補たちは二階堂ヒロに真実を暴かれ魔女になります。

エンタメとしての面白さについて言及すると、作品が提示する最初の構図は絶望的なものでしたから、それが突き崩されること、しかも悲劇として扱われていた魔女化が状況打開の希望を伴う手段に転化することには快楽がありました。第2章第5話はその構図によって1周目における桜羽エマの真実を探究する行為を肯定します。「黒幕」である氷上メルルもこの裁判ではトラウマを暴かれる側であって悪人ではありません。最終章で裁かれる大魔女の月代ユキも、すでに人類への復讐心を失っているという真実を暴かれ、計画を止められたことに満足し氷上メルルと共に処刑されます。最終章においても、真実を暴くことは、人類を救うことであり、望まない復讐を遂行していた月代ユキを救うことでもあると肯定的に語られます。第2章第5話に起こる構図の反転、真実を探究する態度への移行により、作中の、個人の抱く悪意が全て解体されたということです。これも快楽と共に提示し、肯定的に扱います。

二階堂ヒロの台詞には「生きたまま」とありますが、魔女候補たちが魔女になると不老不死になりますし、魔女になる前に死ぬことで魔女化を回避できます。その情報は二階堂ヒロも把握しています。魔女になる時は生きている時です。台詞は字義通りに読むものではありません。台詞の「生きたまま」というのは、「なれはて」にならずに内面の人間らしさを保つこと、というニュアンスで使っているのでしょう。本作における人間らしさとは、文明が停滞し、破滅を回避する手段を議論で出すことができなかった魔女と対比する形で示されます。議論で結論を出すことと、停滞を否定しより良い未来を目指すことです。

二階堂ヒロが行う存在の承認

なぜ、魔女候補たちは、魔女裁判でトラウマを刺激する二階堂ヒロを受け入れ、魔女になったのでしょうか。それは、二階堂ヒロが皆の真実を受け入れたからです。

以下に一例を示します。

(二階堂ヒロ)
私は……許すよ、アリサ。
(紫藤アリサ)
ああ!?
(二階堂ヒロ)
君が過去にしたことも、全て。
(紫藤アリサ)
おめえに……何がわかるってんだ!
(二階堂ヒロ)
わからない。
……それでも、許すんだ。
(紫藤アリサ)
人が死んだんだ……!
ウチは……許されちゃいけないんだよ!!
(二階堂ヒロ)
——それでも!
[……]
……誰かが君を、許さなくちゃいけないんだ。
[……]
何があったかは知らない。
君の過去を知る気もない。
だが君がしている自傷や自罰は、償いではない。
ただの自己満足で、君が楽になるための現実逃避だ!
[……]
……だから、私は君を許すんだ。
無関係だからこそ、君を受け入れる。
友人として君を支えよう。
だから……そうやって罪から逃げるんじゃない。

ゲーム『魔法少女ノ魔女裁判』のキャプチャー。魔女化した二階堂ヒロと台詞。台詞内容は、「……だから、私は君を許すんだ。」。

紫藤アリサは放火した事実を親に隠蔽された過去を持ちます。幼少期の紫藤アリサが行った悪事は自身への親の関心を試す意図があり、隠蔽は自身の存在が親に承認されていないことを示すと、紫藤アリサは認識しています。これが紫藤アリサのトラウマです。

二階堂ヒロはその事実を詳しくは知りませんが、紫藤アリサの「正しくない」悪事を赦し、自罰的発想を止めます。

魔女化は、作中では対象者が受け入れ難い真実を受け入れることで起こります。二階堂ヒロは、真実を受け入れ魔女となった皆を歓迎し、優しい言葉をかけます。なぜそのようなことをするのかといえば、二階堂ヒロの思惑としてはサバトの儀式を確実に行う(魔女を「なれはて」にさせない)ことにあるのですが、物語として達成されるのは、二階堂ヒロによる、真実に到達し魔女になった皆への、祝福、存在の承認です。

真実が半ば軽視されることもあった第2章第4話までの魔女裁判では、魔女候補たちのトラウマを刺激することは単なる悪趣味な遊戯でしかありませんでした。二階堂ヒロはこの状況を転覆し、真実を探究する場として魔女裁判を再定義し、悪意を解体し、他者を受け入れ、皆で自由になります。

まとめ

本作が快楽と共に提示するのは、「真理がわれらを自由にする」という考え方です。

自他を問わず、人の心に触れることは対象を傷つけ得るものです。それは本作の第2章第4話まで繰り返し提示されます。しかしながら、それを避けた先にあるのは、本作の多くの分岐ルートが示す、無数の悲劇です。対象を傷つけることを避けるのであれば、それを避けるべきではありません。そうであれば、真に良い未来を目指すためには真実を直視しなければならない、そして我々は真実に基づいて絶望的な状況を打開しなければならない。それらは対話によって達成される、ということを本作の物語は主張します。二階堂ヒロが桜羽エマとの対話を拒否した物語冒頭と対照的な、ED前最後の台詞は、このことを端的に示します。

(桜羽エマ)
たくさん、たくさん話そうね。
ボクらの時間は、まだこれからだから。

ゲーム『魔法少女ノ魔女裁判』のキャプチャー。桜羽エマと二階堂ヒロが抱擁している。

最後に、念の為補足します。国立精神・神経医療研究センターの資料によれば、PTSDが疑われるトラウマ被害の体験を持つ人の相談を受ける時、無理に話をさせてはいけないとされます。これはストレスを増加させないため、トラウマ被害者の二次加害をふせぐためです。第2章第5話における二階堂ヒロの行いは一般に許されるものではありません。あくまでも本作においては他者の心に触れることを、最もラディカルな(あるいは悪趣味な)形で表現したということです。